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名古屋店

スーツの必要性③

三つ目は「信用」「信頼」を授ける。

今回は自分の経験から。 私は23歳で起業した。

起業したってのときに取引を持ち掛けても、「住所が決まってから、来てください。」の門前払いだった。

残念ながら若いというだけで、ビジネスの場では「信用」「信頼」されない。辛うじて取引に結び付いても、取引条件も悪かった。起業に保証金だけで200万ぐらい余分にかかった。

ビジネスの場での「信用」「信頼」の必要性を肌で感じた。

若い人にこそ、わずかな投資で「信用」「信頼」は得られるということを理解してもらいたい。

スーツはその人の所得を表す。それだけの「信用」を表す。

仕事に向き合う姿勢を暗に示し、「信頼」を得る。

当然、格好が従で、その人の仕事が主である。これは誰が何と言おうと正しい。

「俺は外見でなく実力で勝負する」という方には私はこういう、「良いスーツを着なさい。そして、より大きな成功を掴みなさい。」と。

よいスーツはあなたの仕事をより円滑にするだろう。

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スーツの必要性②

二つ目は「相手への敬意」を示すものだと考える。

茶は堺の商人から戦国武将(現在より多くの駆け引きを必要とした時代、ある意味、経営者だと思う。)のコミニケーションツールとして発達した。千利休の高弟である織田信長の弟の有楽斎が「客を饗なす」に重きを置いた、自己の流派を確立した。

それと同じようにスーツもそうした要素がある。Corvoが撮影地を茶室にしたのはこれが理由だ。

やはりスーツは被服としては快適とは言い難い。私はスーツ屋だがそれは認める。(笑)

だが相手に「饗」そうとする、誠意を感じさせるこれほどの被服はない。

粗悪なスーツを着ている人より、仕事着としてのスーツにお金をかけている人のほうが、相手の心を開くのは早い。 普通は良い道具を使っている大工に仕事を頼みたくなるであろう。

また、それは暗に仕事の姿勢を示すだけでなく、相手に対する敬意を示す。

それが手入れの行き届いていたなら尚更だ。

アイロンのかかった高級スーツにシャツ、身だしなみに気を付けている人がいるとする。この人は人に会うためにここまで「装い」に手間をかける。そうした人は往々にして仕事にもまじめだ。

安心できるとおもうはずだ。

私は畑仕事をするときは作業着を着る。みんなに「スーツの時とのギャップがすごい」とからかわれる。(笑)作業着で店番をしたらお客様はスーツを買ってくれるだろうか?売るものは同じでも駄目だろう。

良いスーツを着ることは、相手の心を開くのも一段と早くなるはずだ。ビジネスの場では最大の「饗」になる。

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スーツの必要性①(全三回)

「いいスーツって意味あるの?」「スーツって自己満足でしょ」

こんな、話は若い人の間で何度も聞く議論だ。

まぁ、スーツなんて1万円でも買える。

このブログはあくまで、スーツ屋の商売上のポジショントークと割り引いて読んでいただきたい。(笑)

仕事の場においてのスーツの在り方について、私なりの答えを述べる。

一つはスーツにはコミニケーションツールの意味があると考える。

ビジネスの場では、互いの意思疎通に関して苦慮する場面が多い。互いの利害の落としどころを探る交渉となれば、なおさら難しい。

ビジネススタイルの変化でスーツの在り方は変わったが、しかし上級職に就く者はスーツを着る機会が多い。

だから、多少なりとも、スーツの知識は持っている。 「そのスーツどこで作ったの?」 「オーダーでロロピアーナです。」 と返せば、大概「生地はロロピアーナが最高級」ということは有名であるから、聞いた側も知っている。

そこで一つの共通な話題が相手の心を開くことはよくある。

麻生太郎さんが海外の首脳に受けがいいのはスーツにあるといわれている。

ひと昔前のゴルフしかり、もっと古く言えば戦国武将たちの茶の席も、一つの共通した経験、話題を提供するコミニケーションツールだった。 スーツはコミニケーションツールなのだ。

もとを言えばスーツの源流は集まりの衣装だ。

「いい服着てるじゃん。」「あなたの服お洒落ね。どちらでおつくり?」

という具合に、昔の貴族も話のタネに互いに語り合ったに違いない。それで身上を潰した貴族も多くいたのだろうが。(笑)

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super200

秋冬シーズンに入って夏前に生地商社に注文した生地が続々と入荷してきている。

名古屋店で生地の紹介をすることは珍しいのだが、これはぜひ紹介させていただきたい。

あまり数値的な測りで生地の良し悪しを語ることは好まないが、これは別格である。

2017917161832.JPG仕立て価格3P¥380,000- ※「駿」の場合

この生地で使われる原毛は[Super200]である。 しっとりとした、真綿のような柔らかい手触り。指の腹でなぞるとトロミがある。写真では伝わらないことが惜しい。。

当然、[Super200] の生地は日用使いには適さないが別格である。

ブランドショップなら100万は下らない。

ロロ・ピアーナのゼニスのsuper200によりフェルト感が強く、カシミヤにより近い感触となっている。光沢はこちらのほうが上に感じる。

重要な商談の際の、ここぞという時の一着として私もオーダーを通した。

限定で3着を仕入れた。普段は名古屋店に展示する。

大阪、神戸のお客様でご所望の場合は、事前にご連絡いただきますようお願い申し上げる。

イタリアのスーツは男を引き立てるもの、

私はおしゃれなタイプでない。スーツ以外の服をここ10年は着ていない。

私ごとだが、最近は畑をやりはじめた。どうしても仕事に夢中になっていると季節の移り変わりを感じることなく1年が終わってしまう。だから、季節の区切りを感じるためにはじめた。獲れた作物をお世話になっている顧客様に配ろうと、ジャガイモを掘り起こしたのだが、仕事で忙しく掘り起こすのが梅雨明けになってしまい腐らせてしまった。

私は野良着とスーツしか着ない男だ。(笑)

イタリア人の男はスーツに淡い色の生地を用いた。それは自分を女性にアピールするために。英国人は自分と連れあう女性、妻を引き立てるためにスーツを着る。だからイタリア人のような派手な生地は用いない。 どちらもスーツの意味合いは、同じだ「女性」のために着るものなのだ。

女性は恋をすると、美容院、ネイルサロンに行ったり容姿に普段以上に気を使う。男性は女性の好意に返礼しなくてはならない。(竹村支配人はそうしたことに敏感なようだが、)私を代表するように日本人の男性は、お洒落に対して総じて無頓着だ。

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軍服を源流とするスーツ

軍服を源流とするスーツは着る人物に威厳をもたせる意味合いがある。

 

弱そうな兵隊では外国に侮られる。またいかにも弱そうな指揮官では下の将兵がついてこない。

 

大胸筋が発達しているように見せると力強さが出る。だから仕立屋は襟をカーブさせ裁断し胸を少しでも高く見せようとする。

 

ウェストの絞りは相対的に胸の高さを出す。ジャケットは胸をいかに高く見せるかにある。

 

ダーツの取り方にも試行錯誤する。英米人より華奢な体格のナポリ人は前身までダーツを落とすという手法を編み出した。

 

テーラードジャケットは胸をいか高く見せるかにある。

 

パンツのクリースは整列した兵士の脚を美しく見せる。タキシードのパンツの側章もそうした意味合いのものだ。美しく整列した兵士は、規律ある軍隊とみなされ、手ごわい相手と外国にみなされる。

 

だから、昔の将校は自前の仕立屋で大枚をはたいて軍服を仕立てた。

 

昔から男女問わず人間は強い男に憧れを抱く。すすんで従おうとする。男というのはそうした装いをしなくてはならない。

 


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「Corvoと私」を始めた理由

「Corvoと私」というタイトルは皆さんから「ちょっと笑ってしまうタイトルだね」いわれる。

「Corvo」では「Corvo」を支える、ステイクホルダーに焦点を当てたいとの思いから始まった。

我々の、商売は売り手、買い手、そして仕入れ先で成り立つ。

商売とはもっともらしいことを言ってもこの三者がいなくては成り立たない。企業は社会に存在する限り多くの人々、法人とのかかわりは生まれる。

今の私共の規模ではこういうのは何だが、大きく言えば企業は多くのステイクホルダーで成り立っている。

「ブランド」というものは売り手が「何を売りたいか」から始まる。どうしても売り手に焦点が当たる。

それでは在り来たりでつまらない。

ステイくホルダーに焦点を当てようと、そんな、思いからはじめた。

 

 

駿

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個性の必要性

紺かグレーの上質な生地に丁寧な仕立のスーツに白のドレスシャツ、黒のストレートチップの組み合わせはかっこいい。しかし、普段使いには、まさに雑誌を参考にしたか、店員に勧められたような格好では面白みがない。

多くの成功したブランドには「自己同一性」、すなわち他者との違いが明確にある。

今では当たり前のベージュ、淡いブルーなどのスーツが一般に普及したのはブリオーニが1940年代に発表してからだ。それらの色を取り入れるだけで当時は革新的だった。

現在、最も成功しているスーツブランドと言えば「トムフォード」だ。男性性を前面に押し出したスーツは強い灰汁を持っている。

例を出せば、ルブタンの靴はピンヒールに赤い靴裏という一目で識別できる視覚的違いがある。ルイヴィトンのダミエ、モノグラム。

人間も同じだと感じる。歴史上、評価される人物というのはみな性格の面、ファッションの面でも個性的だ。

アップル社の元CEOの故ジョブズ氏は非常に個性的なことで有名だ。そのことが仇になりアップル社を追われた過去を持つ。

ジョブズ氏の周知のタートルネックにジンズ、靴はニューバランスという出で立ちは、多くのシリコンバレーの起業家にも真似されている。

ジョブズ氏がソニーの工場に訪れた際、盛田昭夫氏に同じ作業着を着た工員について尋ね「労働者とソニーの絆」と言われ、感銘を受け制服として作ったものだ。だがアップル社の従業員にブーイングを受け自身で着ることになったという逸話がある。

ちなみに氏は銀行などの交渉時はブリオーニのとびきり上等なスーツを着用したといわれる。

すなわちアップル社の顔役として、意図的にセルフイメージを構築した。

以前もマッカーサーのコーンパイプを介してセルフイメージについてブログで紹介した。

(リンク先http://www.sartoriacorvo.com/blog/2016/09/post-380.php

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(個性を押し出したスタイル)

 

 

白いシャツ

英国紳士はガーデニングする際にも身なりを気にするのだとか。

貴族文化が根付いた西欧諸国では装う行為、生活様式の一部ととらえられている。

シャツの中でも、白いシャツというのは別格だ。

白いシャツの現在の評価は、女性を筆頭に装いのセンスとしては芳しくない。柄シャツ、色物シャツなどの方が評価が高い。

柄物シャツがスーツに合わせられるようになったのは1920年代からと言われている。エドワード8世がスーツに合わせるようになって普及したといわれている。

本来、白のシャツというのは高い地位の象徴そのものなのだ。

どうしても綿は繊維が毛羽立ち皮脂、垢、汗、ゴミが沈着、付着し汚れが目立ってくる。

数年前、流行った白パンツもクリーニングしても黒ずんだというお悩みの方も多いだろう。それは綿特有の毛羽立ちが原因だ。消耗品と割り切るしかない。

白を白で保つということは、枚数、クリーニングなどのコスト、手間がかかる。

だから昔から白い衣装というのは、そうしたコスト、手間をかけれることを、それが可能な高級貴族の証だったのだ。

綺麗に手入れされた白いシャツはその人の高い地位を暗喩したものといえる。白いシャツというものの見方が変わるだろう。

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